それが、ユーノにとっての最優先事項だった。 なのはを守る、ということが目的である以上、その合流は最低限安全なものでなければならない。 なのはの周りにはってきた結界は、ユーノにとっても相当強力な類いのものだったが、ついさっきあっさりと切り札を破られたばかりだ、いくら考えても不安は尽きなかった。 レイジングハートが起動状態でいられる二分の間に、管制人格の攻撃を完璧に防げる体制を整えながらなのはと合流する。 「……思ったより、きつそうだね」 直面する現実に、もはや笑いすら込み上げてくる。 厳しすぎる。 ユーノはすでに満足に歩けない状態だし、シールド1枚張る魔力だってなんとか絞り出せるくらいなのだ。 ユーノ自身、もう無理なんじゃないか、という思いで一杯だった。 少しずつ、左足に被せた鎮痛の結界が弱くなっていく。 今は軽い痺れですんでいるが、数分もしないうちに、それは激痛に変わるだろう。 ユーノに残された魔力は、かろうじて防御魔法一発分。明らかに、目的を達成するには足りな過ぎた。 「……レイジングハート。今まで相手が使ってきた魔法って、どれか記録してある?」 『半実体化魔法の構成と、何種類かの火炎系魔法が記録できています』 よし、とユーノは静かに呟いた。 諦めるな。可能性はまだある。 必死に自分を激励しながら、飛行魔法で宙に浮かぶ。 黒煙の向こう側から微かな熱風を感じる。管制人格はもう、こちらを捕捉しただろうか。 視界が晴れ、陽炎の中に赤く浮き上がる人影が見えた。 煙の向こうに現れた光景に、ユーノは絶句する。 それは…… 『さ、30発の炎熱系誘導弾を確認……防御してください、Master!』 「くっ……!!」 管制人格の周囲に浮かぶ、30にも及ぶ紅蓮の誘導弾。 不規則な軌道を描くそれが、管制人格の一声で、 『―――――』 一斉に、ユーノに向かって殺到する。 「……レイジングハートっ!」 『Raund Shield』 唸りをあげて襲ってくる誘導弾を、なんとか起動させた障壁魔法で防ぐ。 が、もちろんそれだけで防げるほど、甘い攻撃ではない。 だから。 だから、ユーノは…… 「術式、構成、起動っ……!!『AMS』、展開っ!!!」 身を削る、賭けに出た。 無限書庫の奥地で研究を重ねた翠色の結界が、脳裏をよぎる。 僕がその技術を初めて目の当たりにしたのは、まだなのはが堕ちる前、正体不明の質量兵器に管理局が手を焼いて、資料を要請してきたときのことだった。 質量兵器ガジェットドローン。鋼鉄の塊が纏う透明な鎧に、僕はもう一度、空に通じる可能性を見た。 AMF……アンチ・マギリンク・フィールドと呼ばれるそのフィールド系防御魔法は、突き詰めれば究極の障壁にも進化できる将来性を持っていた。 あらゆる魔法を魔力の状態まで分解して、無力化する。更には相手の魔法の起動すら阻害する……対魔法戦の障壁としては、まさしく最強クラス。 そんなAMF最大の弱点は、その効力が魔力に対してしか働かない、ということだ。 だから僕はAMFがフィールド系であることに着目して、ほんのすこし、手を加えた。 すなわち、効果範囲の調整。 ガジェットを包み込むように展開していたAMFを、僕は自分のラウンドシールドから外側に放出するように展開させた。 魔力は分解して、飛散。衝撃はその奥のシールドで防御というように、一つの盾を二層にわけたのだ。 問題は、AMFの効果によって自分のシールドまでもが分解されてしまうこと。それを克服するために、AMFに指向性を持たせた。 構成を調節することによって、非常に限定された魔力にしか効果を発揮しないようにする。 結果、相手の魔法を何発か受けて、魔力の性質を逆算、それにあわせたAMFを構成して、シールドと一緒に展開する、という大掛かりで時間のかかる防御魔法が完成した。 アンチ・マギリンク・シールド『AMS』。 そのメリットは、防御だけではない。 『AMS』は受けた魔法を分解して、空中に飛散させる。すなわちこれは『残留魔力』だ。 なのはの収束砲、『スターライト・ブレイカー』が集める、魔力の欠片。 僕はこの『残留魔力』を収束させて、打ち出すのではなく身の内に取り込む術式を『AMS』に追加した。 魔力は逆算済みだから、どこをどう調整すれば、自分にあった魔力になるのかがすぐにわかる。構成がさらに複雑になるけど、唯一そこには自信があった。 受け止めた魔法を分解し、自分の魔力に変える。 限定魔法吸収防護障壁……『AMS』の誕生だった。 「『AMS』、起動っ!」 叫ぶと同時に、残りカスのような魔力が、手のひらに集中する。 早く、早く、早く……誘導弾が来る前に、早く! 展開した魔方陣の向こうで、管制人格がにやりと口の端を吊り上げたのが見えた。 30の誘導弾の奥から、一閃、朱色の小規模砲撃が…… 「なっ……!!」 目を疑った。 そんな、まさか。 間に合わない。 頭の片隅で、冷静な部分がそう告げていた。 誘導弾に紛れての、弾足の速い砲撃魔法……対抗する手段は、ない。 「ぅぁっ………!!!」 叫びをあげる暇もなかった。 一直線に向かってきた砲撃は、寸分違わす僕の胸に吸い込まれて…… 桜色と混じって、爆散した。 「え……!?」 一瞬理解が追い付かなかった。 視界の隅を掠めた、桜色の球体。それは昔、まだ僕がなのはの隣にいたころ、よく見た誘導射撃魔法…… 「アクセルシューター……!?」 なのはだ。考えるまでもなく。 なのはが僕を、守ってくれたのだ…… 「…………!」 気合いが入った。 魔力もないのに、全身がボロボロのはずなのに、どこからか力が沸いてくる。 できる。 できる! できるっ!!! 心の中が、はち切れんばかりに雄叫びをあげていた。 管制人格の魔力は、およそ8割が解析済みだった。残り2割は、それに基づいて自分で予測するしかない。 でも。 できない気が、しない。 「……いっ……けぇぇええ!」 雄叫びを上げた。 火球が迫ってくる。 一撃でも喰らえば骨まで融かされるだろう、圧倒的な熱量を持って、灼熱の誘導弾が、『AMS』にぶち当たる……っ!!! バシュゥッ、という音が、壁の向こうで響いた。 「ッッ………よしっっ!!!」 左手が、無意識にガッツポーズを取った。 直撃した30の誘導弾は、ものの見事に無数の翠の結晶になって散っていた。 空中に漂うそれが、僕のリンカーコアを通して、身体中を駆け巡る。 『―――……!!??』 管制人格の目が、大きく見開かれた。 いける。 魔力の解析は終わった。 魔力の吸収も無事にすんだ。 力が戻ってきている。 「……行くぞっ!!!」 さあ、反撃の時間だ。 |