「フェイトっ!」

現場に到着したクロノの目にまず飛び込んできたのは、大規模防寒結界の隅で呆然と座り込む、金髪の義妹の姿だった。

「フェイト……フェイト、しっかりしろ!」
「クロノ……」

涙をためてこちらを見上げるフェイト。震える指先で、焦土と化した山肌をさす。

「なのはと、ユーノが……」
「……あそこにいるのか……!」

山の中腹辺りが、巨大な結界で覆われていた。周りが火の海になっている。

「クロノ提督っ!」

本部から悲鳴のような声が上がる。

「どうした!」
「結界内に、魔力反応を3つ確認っ!うち2つを、ユーノ・スクライア無限書庫司書長、高町なのは一等空尉と断定しました!」
「っ……結界の性質は!?」
「解析、ほとんどできません!視覚遮断効果も持った、閉鎖結界の一種としか……」
「くそっ……!」

状況は、最悪に限りなく近かった。今から突入するにしても、解析すらできない結界を、果たして今の戦力で破壊できるのだろうか?いや、もしできたとして、なのはですら敵わなかった敵を、今の自分たちが倒せるのだろうか?
管理局は、深刻な人手不足だった。いざというときに自由に動かせる戦力の余裕が、申し訳程度にしかない。
今回の増援部隊の構成員は、その半分以上がランクA未満の陸戦魔導師だった。正直に言って、足手まといとしか思えない。
ただ、一つだけ言えるのは、


「考えても仕方がない……か!」


 脳裏に浮かぶ無数の不安を振り払うように、クロノは頭を振った。臨機応変に。最悪の状況なら、PT事件と闇の書事件で、もう慣れた。

「フェイト、行けるか?」
「……うん」

 ゆっくりとフェイトが立ち上がる。

「助けに……行く。一緒に来てくれるよね?」
『Stand by, Leady』

 金色の宝石が、黒い鎌へと姿を変える。金色の刃をもつそれは、閃光の戦斧、バルディッシュ。彼女の母の使い魔が、彼女のために作った、彼女の相棒である。

「ああ、もちろん。そのために来たんだ」
『Stand by, Leady』

 懐から二枚のカードを取り出して起動する。S2Uとデュランダル。クロノが自らの親友と並んで最も信用する二機のデバイスだ。

「Aランク未満の局員は空戦・陸戦ともにここで待機!結界の解析を急げ!フェイト執務官、君はAランク以上の空戦魔導師を連れて、上空より現場に突入、残りの陸戦魔導師は僕と一緒に来いッ!」
 クロノが叫びを上げる。訓練された局員達は、すぐさま二人の元に集まった。


       
「「……行くよ(ぞ)!」」
       
 状況は、静かに変わり始めていた。





桜雪 後編4





 辺りは一面、焼け焦げた真っ黒な大地だった。
火の海って言うのはこういう光景を指すんだろうなぁ、なんて、重い頭で考える。
右手に張り付いたレイジングハートが弱々しく明滅している。フレームの至るところにヒビが入り、柄の部分も、所々が欠け落ちていた。

「っ……レイジングハート、大丈夫……?」
『……お願いですから、ご自分の心配を先にしてください』

泣きそうな声で、レイジングハートが言う。彼女が人間だったなら、本当に泣いていただろう。

「僕なら……たぶん、大丈夫。まだ動けるよ」
『Master……そんなわけないでしょう!そんな足で、どうやって……!』

じくり、と左の脚が疼いた。

「……ほら、僕飛べるから……」
『そんな問題ではありませんっ……!!』
「っ………」

叩き付けるような、レイジングハートの声。僕は気圧されて、なにも言うことができなかった。
シールドは、間に合わなかった。
管制人格が撃ったのは、僕の二倍くらいの大きさを持つ、巨大な火の玉だった。展開しかけのシールドを粉々に砕いてそれが直撃する寸前に、僕は転送魔法を使って、ほんの少しだけ上空へ飛び出した。ジャケットパージとフラッシュムーヴを使って回避しようとしたけど、結局脚が一本飲まれてしまった。


結果。僕の左足は今、膝から下がぼろぼろの炭の塊になっている。


今は小規模の結界で痛みを誤魔化しているけど、それももうすぐ切れるだろう。
魔力が無いのだ。カードリッジを使ってなんとかレイジングハートは起動状態を保っているけど、肝心な僕の方に、結界を維持するだけの魔力が残っていない。
レイジングハートの起動状態ももうもたない。爆風を受けた時にカードリッジに引火して、ほとんどが暴発してしまったのだ。
そして何よりも問題なのは、おそらくもうあの管制人格は、バインドでは縛れないという事だった。
そもそもバインドは半実体化や変身魔法で脱出されないように、その手の魔法を起動できないように構成しておくのが一般的だ。これらの魔法は自分の身体をまるっきり別のものにしてしまうという効果故に、構成が非常に特徴的で、かつ個人のアレンジが極端に難しい。
威力を伴わない以上、構成が限られているそれらを使わせないようにするのも比較的簡単な術式なんだけど……。

「レイジングハート、さっきの半実体化だけど、あれって……」
『……解析はできています。魔導書のバグが生んだ偶然の産物でしょう。既成のものとは似ても似つかない構成になっています』
「やっぱりか……」

つまり、あの半実体化を防ぐ方法は、今のところこの世界に存在しないということだ。

状況は、最悪に近い、なんてものじゃなかった。最悪中の最悪、絶望一歩手前。
……でも。それでも、僕は。

「……行こう、レイジングハート。あとどれくらい稼働してられる?」
『Master……無茶です、その身体では無理です……!』
「大丈夫。僕は大丈夫だから……」
『Master……!!』
「……あと、何分?」
『っ……あと……2分ですっ……!』
「わかった。じゃあ、あと2分。それまで頼むよ、レイジングハート」

なのはをただ、守りたかった。


























方法が、ないわけじゃなかった。

結界の中にいるのは、僕となのは、それに管制人格のみ。魔力反応が3つしかないから、ほぼ間違いないと言っていいだろう。

僕となのはは二人とも魔力が枯渇してて、バインドもバスターも撃てない状態だ。



どこかから、魔力を供給する必要がある。



なのはを守ると言いながら、しかしその為には、やはりバスターの威力が必要だ。悔しくて仕方がないけど、結局最後はなのはに頼るしかない。

僕がすべきなのは、なのはを敵の攻撃から守って、なのはに魔力を与えること。結界さえ破壊できれば、増援部隊も来てくれるはずだった。



じゃあ、その魔力はどこから持ってくる?



決まってる。この中で唯一魔力を残してるのは誰だ?

そう、管制人格だ。



足りない魔力は、敵から奪い取ってくる。



それが僕らに残された、最後の手段だった。