方法がないわけじゃなかった。
結界の中にいるのは、僕となのは、それに管制人格のみ。魔力反応が3つしかないから、ほぼ間違いないと言っていいだろう。
僕となのはは二人とも魔力が枯渇していて、バインドもバスターも撃てない状態だ。
どこかから、魔力を供給する必要がある。
なのはを守ると言いながら、しかしその為には、やはりバスターの威力が必要だ。
バインドが利かない今、管制人格に利く攻撃魔法は、僕には撃てないからだ。
悔しくて仕方がないけど、結局最後はなのはに頼るしかない。
僕がすべきなのは、なのはを敵の攻撃から守って、なのはに魔力を与えること。結界さえ破壊できれば、増援部隊も来てくれるはずだった。
じゃあ、その魔力はどこから持ってくる?
決まってる。この中で唯一魔力を残してるのは誰だ?
そう、管制人格だ。
足りない魔力は、敵から奪い取ってくる。
それが僕らに残された、最後の手段だった。
――その花は、深紅に燃えてなお――
まずはなのはと合流する。
それが、ユーノにとっての最優先事項だった。
なのはを守る、ということが目的である以上、その合流は最低限安全なものでなければならない。
なのはの周りにはってきた結界は、ユーノにとっても相当強力な類いのものだったが、ついさっきあっさりと切り札を破られたばかりだ、いくら考えても不安は尽きなかった。
レイジングハートが起動状態でいられる二分の間に、管制人格の攻撃を完璧に防げる体制を整えながらなのはと合流する。
「……思ったより、きつそうだね」
直面する現実に、もはや笑いすら込み上げてくる。
厳しすぎる。
ユーノはすでに満足に歩けない状態だし、シールド1枚張る魔力だってなんとか絞り出せるくらいなのだ。
ユーノ自身、もう無理なんじゃないか、という思いで一杯だった。
少しずつ、左足に被せた鎮痛の結界が弱くなっていく。
今は軽い痺れですんでいるが、数分もしないうちに、それは激痛に変わるだろう。
ユーノに残された魔力は、かろうじて防御魔法一発分。明らかに、目的を達成するには足りな過ぎた。
「……レイジングハート。今まで相手が使ってきた魔法って、どれか記録してある?」
『半実体化魔法の構成と、何種類かの火炎系魔法が記録できています』
よし、とユーノは静かに呟いた。
諦めるな。可能性はまだある。
必死に自分を励ましながら、ぎりぎりまで魔力を切り詰めて飛行魔法で宙に浮かぶ。
黒煙の向こう側から微かな熱風を感じる。管制人格はもう、こちらを捕捉しただろうか。
視界が晴れ、陽炎の中に赤く浮き上がる人影が見えた。
煙の向こうに現れた光景に、ユーノは絶句する。
それは……
『さ、30発の炎熱系誘導弾を確認……防御してください、Master!』
「くっ……!!」
管制人格の周囲に浮かぶ、30にも及ぶ紅蓮の誘導弾。
不規則な軌道を描くそれが、管制人格の一声で、
『―――――』
一斉に、ユーノに向かって殺到する。
「……ら、ラウンドシールドっ!」
唸りをあげて襲ってくる誘導弾を、なんとか起動させた障壁魔法で防ぐ。
が、もちろんそれだけで防げるほど、甘い攻撃ではない。
だから。
だから、ユーノは……
「術式、構成、起動っ……!!『AMS』、展開っ!!!」
身を削る、賭けに出た。
無限書庫の奥地で研究を重ねた翠色の結界が、脳裏をよぎる。
僕がその技術を初めて目の当たりにしたのは、まだなのはが堕ちる前、正体不明の質量兵器に管理局が手を焼いて、資料を要請してきたときのことだった。
質量兵器ガジェットドローン。鋼鉄の塊が纏う透明な鎧に、僕はもう一度、空に通じる可能性を見た。
AMF……アンチ・マギリンク・フィールドと呼ばれるそのフィールド系防御魔法は、突き詰めれば究極の障壁にも進化できる将来性を持っていた。
あらゆる魔法を魔力の状態まで分解して、無力化する。更には相手の魔法の起動すら阻害する……対魔法戦の障壁としては、まさしく最強クラス。
そんなAMF最大の弱点は、その効力が魔力に対してしか働かない、ということだ。
だから僕は、AMFがフィールド系であることに着目して、ほんのすこし、手を加えた。
すなわち、効果範囲の調整。
ガジェットを包み込むように展開していたAMFを、僕は自分のラウンドシールドから外側に放出するように展開させた。
魔力は分解して、飛散。衝撃はその奥のシールドで防御というように、一つの盾を二層にわけたのだ。
問題は、AMFの効果によって自分のシールドまでもが分解されてしまうこと。それを克服するために、AMFに指向性を持たせた。
さらに構成を調節することによって、非常に限定された魔力にしか効果を発揮しないようにする。
効力を絞ったことにより、必要な魔力も大きく減らすことができた。
結果、相手の魔法を何発か受けて、魔力の性質を逆算、それにあわせたAMFを構成して、シールドと一緒に展開する、という大掛かりで時間のかかる防御魔法が完成した。
そのメリットは、防御だけではない。
『受けた魔法を分解して、空中に飛散させる』。すなわちこれは『残留魔力』だ。
なのはの収束砲、『スターライト・ブレイカー』が集める、魔力の欠片。
僕はこの『残留魔力』を収束させて、打ち出すのではなく身の内に取り込む術式を追加した。
魔力は逆算済みだから、どこをどう調整すれば、自分にあった魔力になるのかがすぐにわかる。構成がさらに複雑になるけど、唯一そこには自信があった。
受け止めた魔法を分解し、自分の魔力に変える。
限定魔力吸収防護障壁……アンチ・マギリンク・シールド、『AMS』の誕生だった。
「『AMS』、起動っ!」
叫ぶと同時に、残りカスのような魔力が、手のひらに集中する。
早く、早く、早く……誘導弾が来る前に、早く!
展開した魔方陣の向こうで、管制人格がにやりと口の端を吊り上げたのが見えた。
その瞬間。
30の誘導弾の奥から、一閃、朱色の小規模砲撃が……
「なっ……!!」
目を疑った。
そんな、まさか。
間に合わない。頭の片隅で、冷静な部分がそう告げていた。
誘導弾に紛れての、弾足の速い砲撃魔法……対抗する手段は、ない。
「ぅぁっ………!!!」
叫びをあげる暇もなかった。
一直線に向かってきた砲撃は、寸分違わす僕の胸に吸い込まれて……
桜色と混じって、爆散した。
「え……!?」
一瞬理解が追い付かなかった。
視界の隅を掠めた、桜色の球体。それは昔、まだ僕がなのはの隣にいたころ、よく見た誘導射撃魔法……
「アクセルシューター……!?」
桜色の魔力光を散らしながら飛んできたそれは、間違いなくアクセルシューターだった。
いったい誰が……?
考えるまでもない。なのはだ。
なのはが僕を、守ってくれたのだ……
「…………!」
気合いが入った。
魔力もないのに、全身がボロボロのはずなのに、どこからか力が沸いてくる。
できる。
できる!
できるっ!!!
心が、はち切れんばかりに雄叫びをあげていた。
管制人格の魔力は、およそ8割が解析済みだった。残り2割は、それに基づいて自分で予測するしかない。
でも。
できない気が、しない。
「……いっ……けぇぇええ!」
雄叫びを上げた。
火球が迫ってくる。
一撃でも喰らえば骨まで融かされるだろう、圧倒的な熱量を持って、灼熱の誘導弾が、『AMS』にぶち当たる……っ!
バシュゥッ、という音が、壁の向こうで響いた。
「………よしっっ!!!」
左手が、無意識にガッツポーズを取った。
直撃した30の誘導弾は、ものの見事に無数の翠の結晶になって散っていた。
空中に漂うそれが、僕のリンカーコアを通して、身体中を駆け巡る。
『―――……!!??』
管制人格の目が、大きく見開かれた。
いける。
魔力の解析は終わった。
魔力の吸収も無事にすんだ。
力が、戻ってきている。
「……行くぞっ!!!」
さあ。
反撃の時間だ。
全身に纏うバリアジャケットは、ぼろぼろに 摩耗していた。
SLBで収束する物と同じ、大気に散在する『残留魔力』。自身のリンカーコアを通して、変換しつつ吸収するとはいえ、『AMS』が体にかける負担は軽い物ではない。
「……でも」
ぽつりとこぼした一言が、ユーノの中の炎を煽る。
右足にかけた沈痛の結界は治療の結界へと構成を変化させ、レイジングハートへの魔力供給も再開する。カートリッジこそないものの、数分程度なら機動状態を保っていられるだろう。
ユーノの魔力は、いまや完全に回復していた。
「……なのはじゃ、こうはいかなかっただろうな」
なのはやフェイト、はやてなど……エース級と呼ばれる魔導士たちは、ほとんどが膨大な量の魔力を保持している。100000入る器に1000の魔力を入れても、たった一発の砲撃で使い切ってしまうだろう。
『AMS』の抱えるもう一つの問題点が、これだった。構成の複雑さと反比例して、供給できる魔力が非常に少ないのだ。
だが、ユーノは違う。
彼の魔力量は、彼が親友と慕う彼女らには遠く及ばない。どう贔屓目に見たとしても、せいぜい四分の一かそこらが関の山だろう。
構成を過剰なまでに緻密にした魔法。魔力を出来る限り節約するための技術。
針の先ほどの魔力を最大限活用し、暗闇で戦うユーノには、それでも十分すぎるほどだった。
今回ばかりは、自分の『非力さ』に助けられたことになる――。
前代未聞の演算能力とマルチタスク数を誇る少年はしかし自分をそう卑下して、再びその心を燃え上がらせた。
目的は一つ。なのはを護ること。
「そのために……」
やるべきことは。
朦朧とした意識とほとんど崩壊した自我の中で、ぼんやりと彼女は考えていた。
なぜ、彼はこうも戦うのだろう?
自分の力は圧倒的だった。
小さな明かりに群がる蛾に、巨大な火炎放射器を向けるような感覚で、彼女はその手を振ったのだ。
しかし彼は、そのまま燃え尽きて落ちるどころか、か細い魔力で必死に自分に食いついてきた。あろうことか、逃れられたとはいえ追いつめられるほどに。
彼女の薄い記憶の奥では、人間とはもっとか細い生き物の筈だった。
強い力を持つ者は、ほんの一握り。目の前にいる彼からは、決してそんな器は感じない。
なぜ、彼はこうも戦うのだろう?
埋没していく己という個の中で、全身を覆い隠すような、消滅という闇に抗うように。
無意識の淵で、彼女は考えていた。
「ユーノくん……大丈夫かなあ……?」
うっすらと輝きを放つ翠の結界の中で、弱々しげになのはは呟いていた。
視界はもう、ほとんど0に等しい状態だった。
ただでさえ暗い結界に、炎の熱風で舞い上がる砂煙、爆発が起こるたびに濃くなる黒煙。
しゃがみ込むなのはをしっかりと包む結界はその程度では微動だにしないが、これをはってくれた彼のことが心配でたまらない。
時折煙の向こうに紅い閃光が見えるたびに、胸の奥がどうしようもなく痛くなる。
辛い。
寂しい。
助けたい。
叫びたい。
胸をかきむしりたくなるような衝動になのははもう気が気ではなかった。
ユーノの顔がみたい。ユーノの背中に触れたい。ユーノの声が聞きたい――。
ぽっ、と。
小さな明かりが、なのはの中に灯った。
ユーノが今すべき事は、おおよそ三つあった。
一つはまず、なのはの周りにはってきた結界の補強。
彼の魔力が枯渇した時点で、十分強くはってきたはずのあの結界は、かなり弱ってしまったはずだ。
これはユーノにとって、自分の身の安全よりも、遙かに優先すべきことだった。
その次は、管制人格の捕縛。
2秒でも、3秒でもかまわない。機動状態のレイジングハートがあれば、転送魔法を発動直前の段階で保持させていられるはずだ。
ワンテンポでもタイミングが出来ればすぐさまなのはの元へ跳んで、魔力の補給が出来る。そうすればもう、封印に手が届く。
だが、最後に。
「これが一番、やっかいなんだよね……」
火花を散らす管制人格を見やって、苦々しげにユーノはこぼしていた。
「ねえ、レイジングハート……あれってさ、ジュエルシードの何倍苦労すると思う?」
『おそらくは、数十倍程度かと』
帰ってきたのは、ユーノにとっては絶望的な数値だった。
ジュエルシードの数十倍。
彼が始めて地球にやってきたとき、彼は魔力の不適合により、その能力の大半を失っていた。だからこそ、ジュエルシード一個の封印に、あれだけ手間取ったのだが……
「でも……なのはとかフェイトでさえ、複数封印は苦労してたしなあ……」
基本的に、封印魔法は対象の魔力が高ければ高いほど、加速度的に難易度を増す。ジュエルシードの数十倍とするなら、それこそなのはのSLBにでも頼らなければならない。 しかし。
「……足りないよなあ」
最後の問題が、これだった。
前述の通り、『AMS』の供給魔力は、まだ研究段階の魔法と言うだけあって、実用にはほど遠い。なのはと合流できたとしても、封印を撃つ魔力がまだ、圧倒的に足りないのだ。
頭を抱えたくなるユーノだったが、しかしたった一つ、既に打開策を見つけていた。
ほとんど苦肉の策。できるかどうかすらわからないが、やらざるを得ない、というのが現状だった。
「レイジングハート、結界解析開始。ほんの一部分で良いから」
『……まさか、マスター?』
火花が散る。
絶対の自信を持って放たれた砲撃と、雨霰のような誘導弾の全てを防がれた彼女は、恐らくより一層の力を持ってたたきつぶしに来るだろう。
そんな中。ユーノに出来ることは。
「……抜くよ、結界。なんとしてでも」
たった一つしか、無かった。