――その花は、深紅に燃えてなお――

 

 

 上空へと飛び上がった僕は、敵の放った術式を迂回するように、鎖を走らせた。

 うねり、旋回し、歪み、たるみ、右に曲がり、左に曲がり、上昇し下降し、加速し減速しながら進むチェーンは、思惑通り敵の左手にまきついていく。

 下方で耳をつんざく爆発音が鳴り響いたのは、ほぼ同時。

「っ……!」

 背筋が寒くなるほどの破壊力。

 地を抉り空を焼くその炎を、シールドで受け止めるという選択をしないですんだのは、ただの偶然だ。

 ぞっとした。目がくらみ、足が震える。

《―――!!》

 だけど、止まっている暇はなかった。

 巻き付いた鎖を引きちぎろうと、敵は力任せに腕を動かす。

 ……それこそが、狙いであるとも知らずに。

「レイジングハート!」

《はい!》

 ガコン。

 新しくセットしたカードリッジの一発目がロードされる。

 その瞬間、僕はためらいなく、

 

 手を、離した。

 

《っっ――――!?》

 普通バインドは、鎖などの拘束具をどこかに固定して起動する物だ。

 たとえばそれは空中に張った魔法陣だったり、あるいは空間その物だったり。

 だが、今回のチェーンバインドだけは、別だった。

 その固定点を、デバイスであるレイジングハートに設置したのだ。

 当然鎖に引っ張られ、宙を舞う彼女。

 だけど敵は狙い通り、体制を崩してくれた。

「っ……行く、ぞっ!」

 空中にシールドを展開する。

 普通の飛行では遅い。

 レイジングハートを手放してまで作った一瞬の隙だ、逃すわけには行かない――!

「は……ぁぁあああ!」

 無理やり体をひねって、シールドを蹴った。同時に飛行魔法も、ほぼ直下降に出力を指定。

 効果は予想以上だった。

 恐るべきスピードで、地面が、敵が、眼前に迫ってくる。

「っ……!!」

 恐怖に顔がひきつっているのを自覚しながら、それでも僕は震える指先で二つの術を構成した。

 一つ目、フローターフィールド。

 柔らかい壁に肩をぶつけ、強引に勢いを殺した僕は、間髪いれずに2つ目の術を展開する。

《―――っ!》

 無防備な敵の体に、第二陣、ストラグルバインドが巻き付いた。

 一瞬の隙は延長されて、1秒の硬直になる。

「リングっ……バインド!」

 悲鳴をあげる体を無視して、新しい魔法を構築、一息もつかずに発動させる。

 淡く輝くリングが、さらに敵の体を縛り。

 1秒の硬直は、3秒の静止になった。

「ちっ……チェー、ンっ……バインドぉ!!」

 呼吸も止めて、四発目。

 鎖がだめ押しとばかりに敵を捕らえる。

 3秒の静止は、20秒の拘束に繋がった。

《っっ―――――!!?》

 声にならない声をあげて、管制人格はもがいた。

 ミシミシと三重のバインドが軋む。

 思っているよりも、早く解除されるかもしれない――そう判断した僕は、ギリギリもう一呼吸を我慢して、ディレイバインドを置いておく。

 全ての行程を終えた僕は、ようやく酸素を吸い込み後方へ下がった。

《マスター!!》

 そこへ、自分で鎖を操って振り回される軌道を制御した、レイジングハートが飛んでくる。

「……お帰り。首尾はどうだい?」

《上々です。計14個、寸分違わず設置してきました》

 誇らしげに言うレイジングハート。やっぱり彼女は優秀だ。

「そっか……よし。もう一頑張りだ……」

 準備は整った。

 今こそ、切り札を撃つ時だ。

 

 

 

 私は焦っていた。

 山の中腹で突然起きた、麓からでもはっきりわかる爆発。

 それ以来、二人と連絡が取れない。

「だからねクロノ、救援を……」

『ああ、わかっている。こっちも今、そちらへ向かう準備をしているところだ』

 開いたウィンドウの向こうでは、ばたばたと局員が走り回っているのが見てとれた。

 確かに、急いでいるんだろう。

 だけど私は、それでも言うしかなかった。

 不安と悪寒で張り裂けそうな胸を、押さえつけながら。

「お願いクロノ……お願いだから、早く来て」

 

 

 五分後。

 山の中腹を、緋色の閃光が凪ぎ払うのが見えた。

 

 

 無限書庫司書長、ユーノ・スクライアの戦闘における術は、バインドと呼ばれる拘束魔法と、緻密に過ぎた構成を力に変える防御魔法と、そしていくつかの結界魔法だった。

 彼は生まれ持った魔法資質から、攻撃魔法を一切使えない、というハンデを負っていた。

 なぜなら、彼のリンカーコアが生み出す魔力は、非常に濃度が薄いからだ。

 しかも生成できる量もかなり少ない。

 魔力を砲、あるいは弾丸として圧縮、射出することはおろか、刃のように恒常的に出力することさえ許されないほどに。唯一使える対物破壊能力を持った魔法は、構成を弄って鋭く研磨した細いバインドくらいである。

 したがって彼の戦闘能力は、敵の意識を奪って無力化する、という点においては、非常に脆弱だ、と言わざるを得なかった。

 しかし。

 ユーノ・スクライアはその代わり、化け物じみた演算能力を、彼自信の努力と才能によって身に付けていた。

 例えば。前述の防御魔法の一つ、ラウンドシールドを取り上げてみよう。

 ラウンドシールドは、もともと魔法障壁と呼ばれる、魔力によって生み出された盾である。

 プロテクションとは違い、盾としての形状をはっきりと持つ点でその構成は比較的高度だが、とはいえその強度と利便性はあまりなく、結局は魔力の量でどれだけ強化できるか、といった代物だった。

 一方、ミッドチルダには高速機動魔法、ブースト魔法など、単体では意味を持たないが掛けた対象の身体能力・威力を強化する、という種類の魔法が、すでに確立されていた。

 これらはベルカ式に代表される、魔力を蓄積・圧縮して魔法を強化する、というような『魔力による』魔法強化技術とは違い、魔法に魔法を重ねることによって強化する、『構成による』魔法強化技術である。

 

 少年から青年へと成長したユーノ・スクライアが本気で使うラウンドシールドは、基本構成に付け加えて、このブースト魔法の亜種を416個同時に兼ね備えていた。

 

 高町なのはやフェイト・ハラオウンにしてみれば米粒のような魔力が、この膨大な量の計算式によって強化され、絶対無比のシールドを作るのだ。

 それはディバインでも、ザンバーでも、ラグナロクでさえ、完全に貫ききることは難しい。

 水も、雷も、風も氷も炎でさえ、彼のシールドには傷一つつけられないのだ。

 そんな狂気じみた構成で、今度はバインドをつくればどうなるというのか。

 一度でもそのバインドに捕らわれれば、たとえどんな生物だろう脱出することは不可能。究極のバインドが完成する。

 ところがバインドという魔法には、致命的な欠陥があった。バインドブレイクである。

 バインドブレイクとは、拘束するバインドの構成情報を逆算して術式を侵入、内側から崩壊させるという技術だった。

 連続的に相手の体に接触している以上、この欠陥は修正しようのないものだった。

 バインド自体がどんなに硬くなっても、術式に直接干渉されてしまえばもうどうしようもない。

 どんなに頑丈な布でも、縫い目を解かれれば簡単に壊れてしまうように。

 しかし、逆に言えば。

 そのバインドブレイクさえ攻略できれば、ユーノ・スクライアのバインドは、たとえ相手が神代の怪物だったとしても、容易く捕らえられてしまうということである。

 

 

 

『―――……』

 管制人格の言語機能は、どうやら壊れてしまっているらしい。

 もともと暴走状態だ、おそらく自我の確立さえ不完全……いや、不完全どころか、とっくのとうに消失しているに違いない。

 狂った文字列が、薄い唇から紡がれる。それは本来呪文だったのだろう、空間に歪んだ魔方陣が現れて、自分を縛るバインドを、焔で焼き焦がそうと光を放つ。

「……行くよ、レイジングハート」

Yes,My master

 カードリッジをロード。バインドが壊れてしまう前に、決着をつける。

 撃つべきは、切り札。

 僕はまず、管制人格と重なるように、4種の結界をはる術式をつくった。

 一つは、中の重力を強めるもの。

 一つは、耐火性能をもつもの。

 一つは、物理的に閉じ込める封鎖結界。

 一つは、中の物体を、外に放出しようとするもの。

 うまくいけば、管制人格は重力によって動きを阻害され、炎も出せなくなり、その場で固定され、体が外へ常に引っ張られている状態になる。

「っ……次、は……」

 頭がいたい。今日はすでに、魔力を使いすぎている。

 それでも僕は、6本のチェーンバインドを、捻り出すようにして作り上げた。

 レイジングハートは使えない。彼女は今、ディレイバインド……ただのディレイバインドではない、構成をかなり弄った亜種だ……を、14本同時に制御しているのだ。

 動かない右腕をひねって、レイジングハートに乗せる。わずかに魔力を使って、レイジングハートが腕に吸い付いた。

 フリーになった左手を、前に出す。

「………いくぞ!」

 ぐっ、と手を握ると同時に、6のチェーンバインドが、大きく弧を描いて管制人格を襲った。

『――――ァ!!!

 それを迎撃しようと、管制人格の背後から無数の炎柱が飛び出す。周りの空気を歪めて一直線にバインドを目指す爆炎は、しかしその役目を果たせない。

 当然だ。あのバインドには、両手の指で足りないほどのブーストをかけてある。

 鉄塊すら簡単に溶かしきるだろう炎をものともせず、バインドは14のチェックポイントを経由して……

『ッ―――……!!!??

 管制人格を捕らえた。

 同時に結界を発動、重なったバインドと結合し、そしてバインド同士も融合させる。

 接触した部分から術式が混じり合い、お互いがお互いをより複雑に強化して。

 鎖の一本一本が、硬く硬く結ばれるように、絡み合うようにして――

『―――!!――ァァ!!!

「っ……ぷはぁっ!」

 完全に、管制人格を縛り上げることに成功した。

 

 

 

 14のディレイバインドと、6のチェーン、あるいはストラグルバインド。さらに4つの結界を合わせて作る、僕の切り札。

 正式な名前はないけど、僕はこれを、便宜的に『ジョーカー・バインド』と呼んでいた。地球でやったトランプが、名前の由来だった。

 『ジョーカー・バインド』の特徴は、通常のバインドの14××4、という気が狂うような構成式の量。

 さらにこの無数の構成式が、行使する張本人でさえ意図しない部分で、ランダムに混じり合うという点にある。かけられる方にしてみれば、たまったものではない。

 構成が複雑になればなるほど困難になるバインドブレイクにとって、天敵ともいえる魔法になるだろう。なにせ、単純計算で普通のバインドよりざっと332倍難しいのだから。

 はっきり言える。

 この『ジョーカー・バインド』は、唯一僕が誇ることのできる、無敵の拘束魔法だと。

 

 

 

「っ……はぁ、つ、疲れた……」

『お疲れ様です』

 バシュウ、とレイジングハートが溜まった熱を放出して、薬莢を吐き出す。カードリッジはまだ何発か残ってるけど、『ジョーカーバインド』がそう簡単に突破されるとも思えないから、もうスタンバイモードに戻してもいいだろう。

「君もありがとう、レイジングハート。少し休むかい?」

『……いえ。一応、マスターなのはと合流するまでは、アクセルモードを保ちます』

「ん……そっか。了解」

 それくらいなら問題ないだろう。

 ロードしたカートリッジの魔力もまだ残ってるし、起動状態の保守ならまだ暫くできる。

 僕はアクセルモードに変形したレイジングハートを左手に持ち替えて、あたりを見渡した。

 何条もの翠の光が周りを照らしていて、めくれ上がった大地や積もった灰などがはっきり見てとれる。岩が融解して、溶岩のようになっている地帯もあった。

「……すごいね、これは」

 僕がよく知る炎系魔法の達人、烈火の将と呼ばれるあの騎士でも、これほどまでの熱量を捻り出すのには苦労するだろう。

 改めて、管制人格の炎がいかに常軌を逸したものだったのかがわかった。

「じゃあ、なのはのところに戻ろうか」

 言いながら、道を照らすために明かりをつける。これでこけたりして、動かなくなった右腕でも打ち付けたら笑い事じゃすまない。

 そういえば、いつの間にこんなに……

「……暗い?」

 おかしい。

 僕らがここに来たとき、まだ太陽が沈むような時間じゃなかったはずだ。管制人格との戦いの間に日が落ちるほど時間が過ぎていたとも思えない。

 だとしたら……

「……レイジングハート、探索魔法、起動するよ」

All right.……周囲を囲むように、未知の結界魔法を確認。転送、念話、徒歩または飛行による脱出、すべて不可能です』

「………やっぱりか……」

 閉じ込められた。

 おそらく戦闘中に張られていたのだろう。魔力は管制人格の物と同じみたいだから、暫くしたら消えるはずだ。

「しょうがない……やっぱり、いったんなのはの所に戻ろう。救援は期待できなさそうだから、合流して今後の計画を……」

 言いかけた、その時だった。

 後ろから、突如として強大な魔力が吹き上がる。

「な、なんだ!?」

Master!!

 レイジングハートが、悲鳴のように叫びを上げた。

 弾けるように振りかえる。

 すると、そこには……

「う、嘘でしょ……」

 天を覆う紅い結界から、轟轟と火柱が降っていた。

 六柱の業火が、管制人格を飲み込む。

 『ジョーカーバインド』は破壊不可能だ。どんな炎でも、それは変わらない。

 しかし管制人格は……

『……敵、火柱と同調、実体を炎に変えての脱出を確認。ジョーカーバインド、無効化されました』

 渦巻く炎を纏って立っていた。

 その右手が、ゆっくりとこちらに向けられる。

 どこまでも紅い光が収束して、そして……

「っ、レ、レイジングハートっ!!!

Shield!

 視界が紅く、染まった。

 

 

 

「フェイトっ!」

 現場に到着したクロノの目にまず飛び込んできたのは、大規模防寒結界の隅で呆然と座り込む、金髪の義妹の姿だった。

「フェイト……フェイト、しっかりしろ!」

「クロノ……」

 涙をためてこちらを見上げるフェイト。震える指先で、焦土と化した山肌をさす。

「なのはと、ユーノが……」

「……あそこにいるのか……!」

 山の中腹辺りが、巨大な結界で覆われていた。周りが火の海になっている。

「クロノ提督っ!」

 本部から悲鳴のような声が上がる。

「どうした!」

「結界内に、魔力反応を3つ確認っ!うち2つを、ユーノ・スクライア無限書庫司書長、高町なのは一等空尉と断定しました!」

「……結界の性質は!?」

「解析、ほとんどできません!視覚遮断効果も持った、閉鎖結界の一種としか――」

「くそっ……!」

 状況は、最悪に限りなく近かった。今から突入するにしても、解析すらできない結界を、果たして今の戦力で破壊できるのだろうか?いや、もしできたとして、なのはとユーノの二人ですら敵わなかった敵を、今の自分たちが倒せるのだろうか?

 管理局は、深刻な人手不足だった。いざというときに自由に動かせる戦力の余裕が、申し訳程度にしかないのだ。

 今回の増援部隊の構成員は、その半分以上がランクA未満の陸戦魔導師だった。正直に言って、足手まといとしか思えない。

「だが……考えていても仕方がない、か……!」

 脳裏に浮かぶ無数の不安を振り払うように、クロノは頭を振った。

 臨機応変に。

 最悪の状況なら、PT事件と闇の書事件でもう慣れた。

 今の自分は、かつての自分とは違うのだ。

「……フェイト」

 座り込むフェイトへ向かって、クロノが言う。

「……行けるか。なのはとユーノが、待っている」

「……待ってる?」

「ああ、待ってる。きっとだ。あの2人が、そうそう簡単に――」

「……うん。そうだね」

 ゆっくりとフェイトが立ち上がる。

「助けに……行く。一緒に来てくれるよね?」

Stand by, Leady

 金色の宝石が、黒い鎌へと姿を変える。金色の刃をもつそれは、閃光の戦斧、バルディッシュ。彼女の母の使い魔が、彼女のために作った、彼女の相棒である。

「ああ、もちろん。そのために来たんだ」

Stand by, Leady

 懐から二枚のカードを取り出して起動する。S2Uとデュランダル。クロノが自らの親友と並んで、最も信用する二機のデバイスだ。

「Aランク未満の局員は空戦・陸戦ともにここで待機!結界の解析を急げ!フェイト執務官、君は空戦魔導師を連れて、上空より現場に突入、結界を抜き次第、ユーノ・スクライアと高町なのはの救出を最優先として行動しろ。残りの陸戦魔導師は、僕と一緒に来いッ!」

 クロノが叫びを上げる。訓練された局員達は、すぐさま二人の元に集まった。

 準備は整った。

 あの2人を失うには、過ごした時間がまだ、短すぎる。

 だから。

 

「「……行こうッ!」」

 

 

 

 辺りは一面、焼け焦げた真っ黒な大地だった。

 火の海って言うのはこういう光景を指すんだろうなぁ、なんて、重い頭で考える。

 右手に張り付いたレイジングハートが弱々しく明滅している。フレームの至るところにヒビが入り、柄の部分も、所々が欠け落ちていた。

「っ……レイジングハート、大丈夫……?」

『……お願いですから、ご自分の心配を先にしてください』

 泣きそうな声で、レイジングハートが言う。彼女が人間だったなら、本当に泣いていただろう。

「僕なら……たぶん、大丈夫。まだ動けるよ」

Master……そんなわけないでしょう!そんな足で、どうやって……!』

 じくり、と左の脚が疼いた。

「……ほら、僕飛べるから。足は、無くても……」

『そんな問題ではありませんっ!!

「………」

 叩き付けるような、レイジングハートの声。僕は気圧されて、なにも言うことができなかった。

 シールドは、間に合わなかった。

 管制人格が撃ったのは、僕の二倍くらいの大きさを持つ、巨大な火の玉だった。展開しかけのシールドを粉々に砕いてそれが直撃する寸前に、僕は転送魔法を使って、ほんの少しだけ上空へ飛び出した。

 ぎりぎり直撃をかわして、ジャケットパージとフラッシュムーヴを使って回避しようとしたけど、結局脚が一本飲まれてしまい。

 

 結果。僕の左足は今、膝から下がぼろぼろの炭の塊になっている。

 

 今は小規模の結界で痛みを誤魔化しているけど、それももうすぐ切れるだろう。

 魔力が無いのだ。カードリッジを使ってなんとかレイジングハートは起動状態を保っているけど、肝心な僕の方に、結界を維持するだけの魔力が残っていない。

 レイジングハートの起動状態ももうもたない。爆風を受けた時にカードリッジに引火して、ほとんどが暴発してしまったのだ。

 そして何よりも問題なのは、おそらくもうあの管制人格は、バインドでは縛れないという事だった。

 そもそもバインドは半実体化や変身魔法で脱出されないように、その手の魔法を起動できないように構成しておくのが一般的だ。これらの魔法は自分の身体をまるっきり別のものにしてしまうという効果故に、構成が非常に特徴的で、かつ個人のアレンジが極端に難しい。

 威力を伴わない以上、構成が限られているそれらを使わせないようにするのも比較的簡単な術式なんだけど……。

「レイジングハート、さっきの半実体化だけど、あれって……」

『……解析はできています。魔導書のバグが生んだ偶然の産物でしょう。既成のものとは似ても似つかない構成になっています』

「やっぱりか……」

 つまり、あの半実体化を防ぐ方法は、今のところこの世界に存在しないということだ。

 状況は、最悪に近い、なんてものじゃなかった。最悪中の最悪、絶望一歩手前。

 ……でも。それでも、僕は。

「行こう、レイジングハート。あとどれくらい稼働してられる?」

Master……無茶です、その身体では無理です!』

「大丈夫。僕は大丈夫だから……」

Master!!

「あと、何分?」

『……あと……2分です……』

「わかった。じゃあ、あと2分。それまで頼むよ、レイジングハート」

 

 それでも僕は、なのはを守りたかった。