上条当麻が気になり出したのは、いつからだっただろうか。

 レベル5になってから、自分の能力が効かない相手はもちろん初めてだったから、ある意味では出会った瞬間から気になっていたんだろうと思う。

 でも、今は違う。

 『超電磁砲』、常盤台のエースが、レベル0の天災のことを気にかけるのではなく。

 御坂美琴が上条当麻を気にしだしたのは、いつのころからだっただろうか。

 

 

「風邪を引いているそうですわよ」

 

 

 例の自販機でぼーっと突っ立っていた私に、ため息混じりで言ってきたのは、唯一無二と言っていいパートナーだった。

「……え?」

「だから、またあの殿方をまっているのでしょう?」

 呆れた顔でそんな台詞を吐く黒子。

 いつからいたのかにも気付かなかった。

「な……なんでアイツのことなんか……」

「土御門が言っておりましたわ。あの殿方、どうやら土御門の兄の友人みたいですわよ」

「だ、だからなんでわたしが!」

 そっか。

 アイツ、風邪引いてるのか。

「……お姉様、くれぐれも1人でお見舞いに行こうとか、考えちゃだめですわよ」

「………」

 何この子。いつの間にテレパス身につけたの。

「……わ、私は別に、アイツなんて……」

「お姉様」

 ずい、っと黒子が近寄ってくる。

 近い。

 主に顔が近い。

 妙な迫力があって、私は黒子の目を見られない。

「目を見て言ってくださいまし」

「……あ、あはは」

 笑ってごまかすことしか、思いつかなかった。

 だから、早くパトロール戻れ。

上条当麻が風邪を引いたらしい

 

 今日は火曜日。

 普通の学校なら休日でもなんでもないけど、常盤台は違う。

 創立記念日。

 1年に1度だけ、私たち限定の休日。

 だから本当は、あの自販機の前にいたところで、アイツにはあえなかったんだけど。

 

「そっか……風邪引いてるんだ……」

 

 なぜか私はふらふらと、近所のスーパーに向かっていた。

 本当なら、今日は黒子と一緒に、服でも見に行こうと思っていたんだけど。

(わたくし今日……風紀委員の仕事が……入ってしまいましたの……っ!!)

 呪いでもかけられそうなほど悔しげに表情をゆがめて、黒子はそんな台詞をひねり出した。

 なんでも平日の休みで、これ幸いとばかりにむりやり入れられたらしい。

 今日はパトロールでまるまる一日潰れるみたいだった。

 だから、暇になってしまった。

 暇だった。

 暇だったから。

「そう……暇だったのよ。そ、それだけなんだから」

 ぽろぽろ言葉が漏れる。

 なんというか、思ったことをすぐ口にしてしまうほど、心の壁がぶっ壊れていたようで。

 私の足はすたすたと、いつもより早く動いていた。

「えっ……と。ネギ……野菜……アイツ、貧乏だから卵もないかも」

 指を折りながら、考える。

 ぼんやりできてるイメージでは、湯気をあげるとろとろしたもの。

 軽く食べられて、栄養のあるやつがいい。

 定番ならおかゆだけど、普段のアイツの食生活を考えると、もっと野菜も……

「……鍋、とか」

 昼から鍋は、さすがに重い。

 時計を見る。

 11時半。

 今から行くなら、メニューはお昼ご飯になる。

 じゃあいっそ、お昼も夜も、作ってあげればいい……

「って。私、アイツの家知らないじゃん……」

 致命的なことに、今更気がついた。

 どうしよう。

 スーパーに向かって急いでいた足が、ぴたっと止まった。

 目的地がわからない。

 これじゃあ何を作っても、何を買っても、なんの意味もない。

 どうしようか、と悩んでいた私に、天啓がひらめいた。

「……そうだ。土御門に聞けばいいのよ」

 すたん、と足が動く。

 土御門なら、アイツの家を知っているはずだ。

 最悪彼女から兄の連絡先を聞いて、そいつに直接聞けばいい。

 私はそろそろ見えてきたスーパーの入り口へ半分走ってるくらい急ぎ足になりながら、電話をかけた。

(もしもしー、御坂かー?)

「あ、土御門?うん、私だけど……」

 出てきた声の高さに、自分でびっくりした。

 なに、私。

 なんでこんな、こんなにまで、嬉しそうな……

(みさかー。なんかいいことでもあったのかー)

「な、なんでもないっ、けど……あのさ、アイツの家、わかる?」

(……なるほどなー、そういうことかー)

 一瞬で看破されてしまったようだ。

 そりゃ、自分でも驚くくらい浮ついた声だった。

 声だった、けど。

「私……そんなにわかりやすい?」

(んー……なーみさかー、ケーキって甘いかー?)

「え?な、何の話?」

(いいからこたえろー)

「そ、そりゃ……甘い、んじゃない?」

(それくらいわかりやすいぞー)

 なによそれ。

 つまり私が……あ、アイツのことを気にかけるのは……すでに一般常識のレベルに、達しているってことか。

「そっ……そんなこと、あるわけないでしょうがっ!」

(アイツの家だったなー、第7学区の……)

「スルーすんなっ!」

 ぷつん、と電話を切られた。

 直後、メールが来る。アイツの住所が書いてあった。

「……に、逃げやがった……!」

 ばちん、と思わず火花が走る。

 ……アイツが絡むと、本当に冷静ではいられなくなるのだ。

 誤解されたくない。

 間違われたくない。

 妄想してむなしい気分になるのは、そろそろ卒業したいから――

「……ま、まあいいわ。とりあえず、アイツの住所は手に入れたし……」

 スーパーも、すぐそこだし。

 心に深い傷を負う前に、私は考えるのをやめた。

 

 

 ねぎ。

 白菜。

 鶏肉。

 水菜。

 豚肉。

「……あと、キャベツ……かな」

 お米くらいはあるだろうから、締めはおじやにすればいい。

 かごに放り込んだ食材はすでに2人分なんてゆうに超えており、重さもかなりやばいことになってはいるが、アイツは貧乏だから。

「余った分は……まあ、保管しとけばいいわよね」

 案外感謝されるかもしれないし。

 お礼と称して、あの子……妹達のあの子が持ってるアレみたいなのも、貰えちゃうかもしれないし。

 とにかく量があって、損することはないはずだ。

「んー……お昼、どうしよう」

 時計を見る。12時半になるかならないかのところだった。

 今から行って作っても、すこし遅い。

 いっそのこと、夕方あたりにいって、夕食と兼用させるのがいいかもしれない。

「……それでいっか。門限あるし」

 今更思い出したけど、夕食までつくったら、確実に門限に引っかかる。

 首90度は、いくらアイツのためとはいえごめん被りたい。

 黒子の悲鳴を思い出して、すこし背筋がぞっとした。

「さ……さーって、あとは何買おっかなー……」

 ふと目にとまる。

 卵のパック。

 脳裏に浮かぶのは、割ってしまって泣いている、アイツの情けない表情。

「……し、仕方ないわね。どうせアイツが買うと、どうしようもないことになっちゃうんだから……」

 がっと掴んだのは、4パック。

 せっかくだから、買ってあげてもいい。もちろんお返しに、今度買い物にでもつきあってもらおう。

 いい言い訳ができた。

 にまにまにまにま、口元がゆるんでいるのがわかる。

「……これくらいかしらね」

 野菜も肉も、たっぷり買い込んだ。

 山盛りになっているかごをレジへ持って行く。

「――円になります」

 予想以上に安かった。

 スーパーって、こんなに安く買い物できるんだ。

(お嬢様には、わからないだろ――)

「……わかるようになったわよ、バカ」

 新しい発見が、子供の頃に戻ったように、嬉しくて仕方がなかった。

 

続く