高町なのはが魔導師としてその才能を開花させた頃、その背中を護っていた人物がいる。
 彼女の親友にして、魔法の師。
 また彼女が魔法の世界へ足を踏み入れるきっかけにもなった……ある、少年。
 フェイト・T・ハラオウンがまだフェイト・テスタロッサだった頃から、彼女と共に歩んできた男がいる。
 彼女の相棒にして、かけがえのない友。
 また彼女が始めて手にした、形のある力……閃光の戦斧。
 そんな彼らは今、
「……主を、宜しく頼みます。ユーノ・スクライア司書長」
「うん……まかせてよ、バルディッシュ」
 ミッドチルダの片隅、小さなバーで、グラスを傾けていた。
 
 
 思えば彼……ユーノ・スクライア司書長と、我が主、フェイト・T・ハラオウンの付き合いは、10年以上に渡って続いていることになる。
 始まりは、あの純白の少女との出会い。
 主が彼のことを意識しだしたのは、恐らくあの事件の裁判の時からだろう。
 日に日に強くなっていく想いに翻弄され、戸惑う主を、私はいつも傍で見てきた。
 いつも無表情で、悲しい瞳をしていた主は、今はもういない。
 彼に笑いかけられて頬を染める姿など、私は10年前は想像すら出来なかった。
 人間の親が、娘を見送る感情というのは、こういうものなのだろうか。
 私は何とも言えなくなって、手の中のグラスを煽った。
「バルディッシュ……もう、そのくらいにしておいたら?」
「……私はデバイスです。摂取していいアルコールくらい、きちんと計算できます」
「でも、人間への変身はまだ、慣れてないんでしょ?」
「…………」
 とっさに言い返せないくらい、いつの間にか思考が鈍っていた。
 どうやら司書長の言う通りらしい。
 主の結婚に際し、どうしても人の姿で出たいとデバイスマイスターに無茶を言った結果、今の私には人間への変身機能が搭載されている。
 その変化に、私はまだ対応し切れていないようだった。
「ねえ、バルディッシュ……」
「……なんですか、司書長?」
「僕じゃ、フェイトを任せられない?」
 胸ぐらを掴んで、はり倒してやろうかと思った。
「……あなた以上に、主に相応しい方はいません」
「そっか。でもさ、じゃあなんでそんなに飲んでるの?」
 からん、と。
 グラスの中の氷が、音を立てる。
「マスター……おかわりを」
「まだ飲むの……じゃあ、僕も貰おうかな」
 白く濁った重い液体が、コップになみなみ注がれる。
 私はまたそれを一気に飲み干して、喉をしめらせる。
「……私はね、司書長」
「うん」
「ずっと……ずっと、主を見てきたんですよ」
「知ってる」
「主は……あの方は、何度も何度も……辛い目に、あってきた」
「……そうだね」
「……幸せに、なって欲しいんですよ」
 グラスを突き出す。マスターは、何も言わなくてもおかわりを注いでくれた。
「司書長……わかりますか?」
「うん、よくわかってる」
 ぐにゃぐにゃにゆがんだ視界の片隅で、司書長も飲んでいるのがみえた。
「ねえ、バルディッシュ。聞いてる?」
「……聞いてます」
 堕ちていきそうになる意識を必死で食い止めながら、だが。
「僕はね……うん、僕は確かに、君よりもフェイトを見ていた期間は短いかもしれない」
「……当たり前です」
「そう、当たり前だよ。でも……」
 こん、と気持ちの良い音がした。
 不意に意識がはっきりする。
 顔を上げて隣を見ると、司書長のグラスが空になっていて。
「……僕は、彼女を愛している」
 照れもせず、よどみもせずに、はっきりとそう言った。
 その瞬間、私は知る。
 ああ。
 これが。
 この時が。
 今この時こそが。
「……フェイトを、幸せにしてやって下さい」
 真に彼女を、祝福すべき時なのだと。