その日の戦場は、高町なのはが最も苦手とする市街のまっただ中だった。
 持ち味である火力はその入り組んだ地形の問題で活かせず、いらだちのために動きが単調になり、幾度と無く遠距離からの狙撃を許す。
 ぼろぼろに疲弊した体を何とか持ち直そうと、いったん戦線を引いたなのはは、射程距離ぎりぎりから、苦し紛れの砲撃を行おうとして……」
≪砲撃しまーす!気を付けてね!≫
「よし、これで……って、あー!?」
 一瞬の閃光。
 気が付いたら吹き飛んでいて、視界がぐるぐる回り、そして……
「ま、またやられたー!?」
 どかん、と爆発。重火力型の機体は緑の煙を上げて。
「やった、なのは倒した」
「……ユーノくんのばかー!」
 すぐ隣の筐体で狙撃型を使っていたユーノに、怨嗟の声を挙げたのだった。
 
 
 
 事の発端は、二人の親友である八神はやてが秘密裏に持ち込んだ、第97管理外世界における娯楽……「Border Break」というゲームだった。
 ほとんど中毒状態だったはやての影響を受けてか、まず戦闘狂であるシグナムがその世界に入門、ものの見事に財布をブレイクし。
 派生的にヴォルケンリッター全員の給料が三日で吹き飛ぶという事態に陥ったのがきっかけとなり、旧機動六課メンバーの間で秘密裏に大流行。
 同時になぜか蒐集の網に引っかかったのか、大量の筐体が無限書庫に入荷。
 もちろんオンラインには繋げられなかったのだが、信者を増やそうと八神はやて率いる守護騎士軍団の手によって……この時点で、機動六課第二の戦闘狂、フェイト・T・ハラオウンを通じて、リンディ・ハラオウン提督にも既にその流行の波が達しており、その圧力もあったという説もある……またも秘密裏に地球の回線に接続。
 結果として、今や管理局は、地上も本局もなく、ほぼ全ての局員がBB.COMに登録しているという壊滅的な状態に陥っていた。
 管理局の看板の一人、フェイト執務官が黙認していると言うこともあり、ほとんど公然の秘密状態となったボーダーブレイクの稼働は、もはや管理局にも止めることは出来ず。というか止めるべき人がみんなはまってしまい。
 なかばなし崩し的に、ミッドチルダ専用のサーバーまで作られていた。
 で。
「ほらなのは、そんなところで砲撃なんかしてるから撃たれちゃうんだ……よっ!」
「あーっ!ユーノくんまた頭撃ったー!」
 無限書庫の営業時間を過ぎた後、並んで出撃する二人、という光景が、連日のように見られるようになった。
 
 
 
「うう……カタパルトから飛んでる最中に撃つなんて、ユーノくんひどいよ……」
「なのははコア凸ばっかり狙うからいけないんだよ……」
 涙目になりながらたった一個の報酬ボックスをタッチするなのはに、苦笑しながらユーノが言う。
「この間シグナムさんが言ってたよ?高町は重火力のくせにコア凸ばっかりして良い迷惑だ、って」
「だ……だってー……」
 秘めていた魔法資質の影響か、現実の戦場での技術がある程度活かせるからか、はたまた単に生まれついての性格の問題なのか……なのははいつも、重火力機での出撃を好んでいた。
 当然機体パーツは全箇所ヘビーガード。BランクとCランクを行ったり来たりしながら貯めた素材をふんだんに使って、武装もほぼ最高ランクである。
 宙を舞うコングの放物線が、吸い込まれるように誰かの胸へ突き刺さる瞬間が、なのはは大好きだった。
 が、つい最近戦場が旧ブロア市街地になってから思うように活躍できず、少々ご立腹である。
「うー……シグナムさんだって、魔剣持って突っ込んでいってやられてるのに……」
「あ、あはは……まあ、やられないにこしたことはないよね」
 対するユーノのお気に入りは、やはりというか案の定というか、イメージ通り支援型であった。
 しかも彼の繰る支援機は、非常に嫌らしいのだ。
 誰もが考えもつかない、または通らざるを得ない場所に地雷を置き、抜群のタイミングで味方を回復・再起動させ、弱った敵は効果範囲の広い散弾で確実にしとめる……。
 また、細やかな気遣いができる、逆に言えば人の心理を読むことに長けた彼は、遠方から一撃をもって敵機を粉砕する、狙撃手としての才能も秘めていた。
 まあ、ゲームの話なのだが。
 そんな彼のプレイスタイルは対なのはとしては抜群に相性が良く、今回の出撃に置いても、彼はなのはの駆る重火力型を幾度と無く大破させていた。
「ユーノくん、もう一回!もう一回だけ!」
「ま、また?なのは、それもう5回目だよ……?」
「いいの!まだ財布ブレイクしないから!」
 財布から取り出したコインをまたも5枚筐体に注ぎ込むなのは。ユーノの記憶が正しければ、彼女は今月、すでに5枚目の諭吉さんを硬貨に換えて搾り取られているはずだった。
「……先月みたいにおなか減ったって押しかけてくるのやめてね」
「あ、アレは不幸な事故なの!」
 すでに鼻息荒く出撃シーンを見守っているなのは。
 仕方なくユーノもコインを投入して再戦ボタンを押し込んだ。
「……あ、今回は同じチームだね」
「あ、ほんとだ。頑張ろうね、ユーノくん!」
 リベンジに燃えていたはずだったが、味方になった途端、嬉しそうな笑顔を浮かべるなのは。かたやユーノも、同じチームならリベンジもないかな……と、内心安堵のため息をついていた。
≪作戦開始よ!頑張ってね!≫
「行くよ、レイジングハート!」
『イエス、マイマスター!』
 首から提げられたなのはの愛機が、ノリノリで返事を返す。ちなみにHNも「レイジングハート」だ。
 カタパルトに乗り、プラントを占拠すべく一斉に動き出した仲間達と共に、ユーノとなのはもまた、勢いよく飛び出していく。
≪プラントを占拠しました!≫
「……よしっ!」
 真っ先に拠点へたどり着いたユーノの機体が叫びを上げる。
 まず戦況を動かすのは、両陣営の中間に位置するプラントだ。
 一つ目のプラントを手に入れたユーノは、すぐさまそこへ向かおうとして……
≪砲撃するよ、気を付けてね!≫
≪味方です!攻撃しないで!≫
「な、なのはぁ!?」
 いきなり自分の真上から降ってきた榴弾砲に、目を丸くした。
 あわててランキングを開いてみると、案の定重火力はなのは一人だけ。
 敵機の一人も居ない味方プラントに砲撃をしかけるとはどういう了見かと口元を引きつらせながらなのはの方を見ると、
「あ、ごめん、まちがえちゃった」
 てへ、とかわいらしく首を傾げる彼女の姿。
 ……頭が痛くなってくるユーノだった。
 
 
 
 開始から5分。戦況は、硬直状態に陥っていた。
 中間点であるCプラントの奪い合い、またはその奥の奇襲、散っていく仲間達……そんな地獄のような光景の中、ユーノは出来る限りの力を振り絞って、倒れた仲間を回復させていた。
「大丈夫ですか!」
「ああ……すまない」
 そんな会話が聞こえてくるような、必死の活躍をするユーノだったが、その後方から……
≪砲撃するよ!気を付けてね!≫
「あ、悪魔め……!」
 敵味方関係なく飛んでくる、榴弾砲。しかもやっと回復が終わった味方を、後ろからバズーカで撃ち抜くという極悪非道さである。
 まあ、爆風に巻き込んで、敵機にもきちんとダメージを与えているのだが……
「また一人……死んだ……!」
 吹き飛ばされた味方は、その先にいた敵機によって、一刀両断にされていた。
「やった!倒した!」
≪お見事です、マスター≫
 ああ……と、ユーノは天を仰ぐ。
 これが戦場だった。地獄のような、なんの救いもない、ただひたすらに壊し壊され。
 誰だ。
 どうしてだ。
 いったい何が、彼女をこんなトリガーハッピーにしてしまったのだ……。
「危ない、ユーノくん!」
「えっ……!」
 その一瞬の思考が、命取りになった。
 画面に視線を戻したユーノが見たのは、ACで一気に突っ込んでくる、大剣を持った敵機の姿。
 あっ、と言う間もなく、その刃はユーノの機体に吸い込まれ……
「ゆ、ユーノくんっ!!」
≪ああ、なんてことっ!≫
 耳をつんざくような爆音の後、彼の機体は粉々に吹き飛んでいた。
「ユーノくん、ユーノくんっ!し、しっかりして!」
「なのは……」
 命のカウントダウンがこくこくと迫る中、駆け寄ってくるなのはの機体。その目には、悲しみの涙が浮かんでいた。
 ……確認しておくが、これはゲームである。
 その時だった。
≪プラントを奇襲したっ!≫
 画面右上に『劣化の将』というキャラクターの姿が表示されると共に、敵ベースに最も近いプラントが、赤から青に変わる。
 それを見たユーノは、なんの迷いもなく、こう言った。
「なのは、行って!」
「で、でも、ユーノくんが……!」
「僕は大丈夫だ、早く行って!」
 苦しそうな表情は微塵も見せることなく、なのはの背を押すユーノ。
「……できないよ!私、ユーノくんを置いていくなんて、できない……!」
 涙を流しながら叫ぶなのは。
 ……繰り返すが、これはゲームである。
「……なのは。僕は言ったよね」
「え……?」
「なのはの力になりたい、って」
 残り少なくなったカウントの中、ユーノは精一杯言葉を紡ぐ。
「なのはが困ってるなら、力になりたい、って。なのはが、そうしてくれたように、って」
「ゆ、ユーノくん……!」
「だから、行って。僕はなのはの、『全力全開』が見たい……っ!」
「……!」
 すっく、と立ち上がる『レイジングハート』。もはやその目は、敵のベースをとらえていた。
「……うん。行ってくる」
 涙を振り払って、なのははエリア移動のボタンを押した。カウントが出現し、なのはの機体がワープを始める。
「……それでこそ、なのはだ」
 なのはの機体が消える。
 同時にユーノの機体が爆散し、跡形もなく消えた。
 なにも無くなったそこに、ただ、彼女の言葉が響く。
「……ありがとう、ユーノくん」
 ぽつりと残った涙のシミだけが、そこになのはが居たことを示していた。
 ような気がした。
 
 
 コアへ突撃……通称『コア凸』を仕掛けたなのはは、その火力を持って、必死に敵の耐久値を減らしていた。
 通常、重火力機がコアへ辿り着くのは困難を極める。
 が、格闘戦に置いては無双の強さを誇る『劣化の将』と、絶妙のタイミングで回復をしてくれる『緑屋本店』、そして敵施設を次々に破壊していく『ゲロ子』と『初代レイプ目』の援護のお陰で、なのはは無事にコア凸を成功させていた。
「いっ……けええ!」
 なのは自慢のコングが、敵のコアを貫く。大幅に耐久値が減少し、勝利が目前に迫る。
 その時だった。
「えっ……なにこれ!?」
≪マスター!≫
 がつん、と衝撃が走った。
 自機の耐久値が一気に減らされ、わずか1ドットを残して赤くなる。
 あわてて後ろを振り返ると、そこには……
「ま、魔剣……!」
 『真っ黒くろすけ』というHNの機体が、自分の身長ほどもある剣を持って、悠然と立っていた。
『……残念だったな』
 彼の瞳が、雄弁に語っている。
『コアは、やらせない……!』
 絶対的な破壊力を持って、刃がなのはに迫る。
 あと一撃。あと一撃をいれるだけなのに……!
 悔しさに目をつむったなのはは、無情にも振り下ろされた刃が、なのはの機体を貫く音を聞く……
「……大丈夫。なのはの背中は、僕が護るよ」
 ことは、無かった。
「ゆ……ユーノくん!」
 目の前の機体は、煙を上げて沈黙していた。
 考えるまでもない。
 ユーノが。
 彼女の愛するユーノ・スクライアが。
 狙撃によって、なのはを護ったのだ!
「さあ、なのは!コアを!」
「……うん!」
 がしゃん、とバズーカを構えるなのは。もはや迷いも憂いもない。
 だって後ろから、ユーノが見ていてくれるのだから。
「全力、全開……!」
 衝撃に備えて、機体の脚部がバーナーを吹かせる。歯車の軋む音が最大限に達し、膨大な火力を持つ弾が今まさに発射される……!
「「いっ………けぇぇぇ!!!」」
 長かった戦いに終止符が打たれた、その瞬間だった。
 
 
「た……楽しかったね、ユーノくん!」
「……うん、そうだね」
 戦闘が終わり、我に返ったユーノとなのはは、ひたすらに赤面していた。
 思い返せば自分たちは、ゲームごときでいったいどんだけ熱くなっているんだ。
 片や無き、片や叫び、片ややたらシリアスに自分の想いを語り……。
 真っ赤に染まった頬を隠すように、二人は顔を背け合う。
「……も、もう一回やろうか?」
「う、うん……そ、そうだね、やろっか」
 照れ隠しにもう一戦、と財布の紐がゆるむ。
 こうして二人はまた、戦場に身を投じていくのだった。
 
 
 余談だが。
「「「「「「……おなか、減った」」」」」」
「………………」
 ユーノの家に6人の財布ブレイカーが結集することになるとは、彼も予想していなかったらしい。