前進に纏うバリアジャケットは、ぼろぼろに 摩耗していた。
 SLBで収束する物と同じ、大気に散在する『残留魔力』。自身のリンカーコアを通して、変換しつつ吸収するとはいえ、『AMS』が体にかける負担は軽い物ではない。
「……でも」
 ぽつりとこぼした一言が、ユーノの中の炎を煽る。
 右足にかけた沈痛の結界は治療の結界へと構成を変化させ、レイジングハートへの魔力供給も再開する。カートリッジこそないものの、数分程度なら機動状態を保っていられるだろう。
 
 ユーノの魔力は、完全に回復していた。
 
「……なのはじゃ、こうはいかなかっただろうな」
 なのはやフェイト、はやてなど……エース級と呼ばれる魔導士たちは、ほとんどが膨大な量の魔力を保持している。100000入る器に1000の魔力を入れても、たった一発の砲撃で使い切ってしまうだろう。
 『AMS』の抱えるもう一つの問題点が、これだった。構成の複雑さと反比例して、供給できる魔力が非常に少ないのだ。
 だが、ユーノは違う。
 彼の魔力量は、彼が親友と慕う彼女らには遠く及ばない。どう贔屓目に見たとしても、せいぜい半分かそこらが関の山だろう。
 構成を過剰なまでに緻密にした魔法。魔力を出来る限り節約するための技術。
 針の先ほどの魔力を最大限活用し、暗闇で戦うユーノには、それでも十分すぎるほどだった。
 今回ばかりは、自分の『非力さ』に助けられたことになる――。
 前代未聞のマルチタスク数を誇る少年はしかし自分をそう卑下して、再びその心を燃え上がらせた。
 目的は一つ。なのはを護る。
「そのために……」
 
 やるべきことは。
 
 
 
 朦朧とした意識とほとんど崩壊した自我の中で、ぼんやりと彼女は考えていた。
 なぜ、彼はこうも戦うのだろう?
 自分の力は圧倒的だった。
 小さな明かりに群がる蛾に、巨大な火炎放射器を向けるような感覚で、彼女はその手を振ったのだ。
 しかし彼は、そのまま燃え尽きて落ちるどころか、か細い魔力で必死に自分に食いついてきた。あろうことか、逃したとはいえ追いつめるほどに。
 彼女の薄い記憶の奥では、人間とはもっとか細い生き物の筈だった。
 強い力を持つ者は、ほんの一握り。目の前にいる彼からは、決してそんな器は感じない。
 なぜ、彼はこうも戦うのだろう?
 埋没していく己という『個』の中で、全身を覆い隠すような、消滅という闇に抗うように。
 無意識の淵で、彼女は考えていた。
 
 
 
「ユーノくん……大丈夫かなあ……?」
 うっすらと輝きを放つ翠の結界の中で、弱々しげになのはは呟いていた。
 視界はもう、ほとんど0に等しい状態だった。炎の熱風で舞い上がる砂煙、爆発が起こるたびに濃くなる黒煙。しゃがみ込むなのはをしっかりと包む結界はその程度では微動だにしないが、これをはってくれた彼のことが心配でたまらない。
 時折煙の向こうに紅い閃光が見えるたびに、胸の奥がどうしようもなく痛くなる。
 辛い。
 寂しい。
 助けたい。
 叫びたい。
 胸をかきむしりたくなるような衝動になのははもう気が気ではなかった。
 ユーノの顔がみたい。ユーノの背中に触れたい。ユーノの声が聞きたい――。
 ぽっ、と。
 小さな明かりが、なのはの中に灯った。
 
 
 
 ユーノが今すべき事は、おおよそ三つあった。
 一つはまず、なのはの周りにはってきた結界の補強。
 彼の魔力が枯渇した時点で、十分強くはってきたはずのあの結界は、かなり弱くなってしまったはずだ。これはユーノにとって、自分の身の安全よりも、遙かに優先すべきことだった。
 その次は、管制人格の捕縛。
 2秒でも、3秒でもかまわない。機動状態のレイジングハートがあれば、転送魔法を発動直前の段階で保持させていられるはずだ。ワンテンポでもタイミングが出来ればすぐさまなのはの元へ跳んで、魔力の補給が出来る。そうすればもう、封印に手が届く。
 そして、最後に。
 
「これが一番、やっかいなんだよね……」
 
 火花を散らす管制人格を見やって、苦々しげにユーノはこぼしていた。
「ねえ、レイジングハート……あれってさ、ジュエルシードの何倍苦労すると思う?」
『おそらくは、数十倍程度かと』
 帰ってきたのは、ユーノにとっては絶望的な数値だった。
 ジュエルシードの数十倍。
 彼が始めて地球にやってきたとき、彼は魔力の不適合により、その能力の大半を失っていた。だからこそ、ジュエルシード一個の封印に、あれだけ手間取ったのだが……
「でも……なのはとかフェイトでさえ、複数封印は苦労してたしなあ……」
 基本的に、封印魔法は対象の魔力が高ければ高いほど、加速度的に難易度を増す。ジュエルシードの数十倍とするなら、それこそなのはのSLBにでも頼らなければならない。
 しかし。
「……足りないよなあ」
 最後の問題が、これだった。
 前述の通り、『AMS』の供給魔力は、まだ研究段階の魔法と言うだけあって、実用にはほど遠い。なのはと合流できたとしても、封印を撃つ魔力がまだ、圧倒的に足りないのだ。
 頭を抱えたくなるユーノだったが、しかしたった一つ、既に打開策を見つけていた。
 ほとんど苦肉の策。できるかどうかすらわからないが、やらざるを得ない、というのが現状だった。
「レイジングハート、結界解析開始。ほんの一部分で良いから」
『……まさか、マスター?』
 火花が散る。
 絶対の自信を持って放たれた砲撃と、雨霰のような誘導弾の全てを防がれた彼女は、恐らくより一層の力を持ってたたきつぶしに来るだろう。
 そんな中。ユーノに出来ることは。
 
 
「……抜くよ、結界。なんとしてでも」
 
 
 たった一つしか、無かった。