「レイジングハート、魔力の消費を節約できるかい?」
《……申し訳ありません。私は大魔力を放出する直射魔法や、収束砲などに適した形で設計されています。ですから、魔力そのものの節制は、あまり得意ではありません》
聞いてみたら、半ば予想した通りの返答が返ってきた。
レイジングハートは、もはやなのはのデバイスだ。僕は魔力が足りなくて起動すらできなかったのだから、それでいい。
砲撃主体のなのはの相棒としてやっていくためには、そんな機能はいらない。マリーさんを初めとするデバイスマイスターの面々が、そういう風にチューニングしていることだって、十分予測していた。
「……ん、わかったよ。じゃあレイジングハート、君には……」
だけど。
僕が起動できなかったレイジングハートと比べて、決定的な違いが、このレイジングハート・エクセリオンにはある。
新たに組み込まれたあの機巧。あれさえあれば、
……僕にだって、勝機はある。
押し寄せてくる炎の津波を、一発ずつシールドで防御しながら低空を翔る。
空気は熱されると上昇気流を生む。なるべく上空に出ない方が、吹き飛ばされる可能性は減るからだった。
中距離に入ったかという位置まで近づいたところで、ぶわっ、という大地を削る音が、津波の向こうから聞こえてきた。
「っ……レイジングハート!」
《Protection》
ガコン、と音がして、レイジングハートから火花が散った。カードリッジをロードする音だ。
僕の勝機はここにある。
ベルカ式カードリッジシステムは、魔力を圧縮した弾丸をロードすることで、魔法の底上げを行うシステムだ。
シグナムやヴィータを見ればわかるように、カードリッジのロードによって発生する魔力は、デバイスにも流すことができる。
つまり、カードリッジが続く限り、魔力が足りなくてもデバイスを起動させ続けていられるし、魔力が低くても、強力な魔法が撃てるのだ。
カードリッジがロードされ、強力に練り込まれた魔力が、レイジングハートの構築したシールドを巡る。
翠色の閃光。目も眩むような、光の洪水。
それが全て、僕のシールドから放たれている。
もともと少ない魔力を最大限に生かすように構築してあるシールドだ。必要以上の魔力が流れ、余剰分がまるまるシールドの硬度を強化していた。
硬く、より硬く研ぎ澄まされていく。
唸りをあげて炎熱の壁が迫ってきた。
前方にかざした盾が、それを迎撃する。
圧倒的に見えた焔が、驚くほど簡単に砕けていく。
「レイジングハートっ……ジャケットパージ!」
目の前が開けた瞬間、左手で構築していたバインドを発動させながら、ジャケットの靴の部分だけをパージする。
爆発に乗って地面を蹴り飛ばし、重力に逆らって真っ直ぐに宙を翔る。
《っ………!》
管制人格が息を飲むのがわかった。
ガコンっ……カードリッジがロードされる。
刹那、
《―――っ!!》
「ストラグル・バインドっ!」
二つの声が、重なった。
冷たい壁の中に、私はいた。
今まで味わったことのない、寂しすぎる無力感。
戦いたくても、戦えない。
魔法が使いたいのに、使えない。
私は今、ようやく彼の心情を理解していた。
驚くほど冷静に、それでいてショックは大きく。
彼はいつも、こんな気分を味わっていたのだろうか。
無限の書物の傍らに埋まって。
私は大きく息を吸った。
この身に残った魔力のかすをありったけ集めて、我ながら拙い構成だと思いながらも、懸命に一つの魔法を紡ぎながら。
「アクセルシューター……いってあげて。行って……ユーノくんを、助けてあげて」
頼りなさげに光を放つ桃色の球体が、しかし気丈に彼の後を追った。
もしそれが本当なら、あまりにも悲しすぎる。
《マスター……》
「……大丈夫。大丈夫だよ、レイジングハート」
激突のあと、トランスポートでいったん距離をとった僕は、右手に走る鈍い痛みに顔をしかめていた。
《申し訳ありません……シールドを維持しきれませんでした》
「いや、レイジングハートのせいじゃないよ。単純な僕の実力不足だから」
バインドを発動させた直後、あの管制人格がとったのは、シールドごと巨大な炎で僕を飲み込んでしまうことだった。
大きく口を開ける火炎を防ぐべく、シールドの大きさを無理やり拡大しようとしたところで、レイジングハートに流れる魔力が切れた。
カードリッジをロードする暇もなく、中途半端にかかったままのバインドをそのままに、緊急回避的に僕は転送魔法を発動していた。
咄嗟にレイジングハートを脇にかかえ、空いた右腕でシールドを展開したものの、やはり衝撃は盾を抜いてきて。
「まずいな……腕、上がらないや」
手首から肩にかけて、痺れでほとんど動かなくなっていた。
《申し訳ありません……》
「いや、だからね……これは僕のせいだから。レイジングハートは悪くないよ。それに、今は……」
そんなことを考えている場合ではない。
「レイジングハート、僕のバインドは、どれくらいかかった?」
《……予定していた術式の1/3が機能しています。部位的には……マスターと同じ、右腕を》
そうか……1/3か。
爆発の名残である砂埃が晴れ、その向こうに管制人格の姿がみえた。
なるほど、翡翠のリング・バインドは肩・肘・手首にきちんとかかってくれている。
予定では、かかるはずだったバインドは、10。
両肩・両肘・両手首、両膝・両足首の十だ。
想定していた戦況とは、程遠い。
「……でも、やるしかないよね」
自分自身を叱咤するべく、あえて声にだした。
「レイジングハート、カードリッジはあと何発残ってる?」
《あと二発です》
「二発か……わかった、レイジングハート、新しいカードリッジをセットするから、いったん全部ロードしちゃって」
《All Right》
ガコン、ガコンと連続した金属音が鳴って、レイジングハートから空になった薬莢が排出される。
迸る魔力をその身に蓄えた彼女は、まず間違いなく数分間は持ってくれるだろう。
「じゃあレイジングハート、手筈通りに頼むよ」
《……了解しました。マスター……御武運を》
「……どこで知ったんだい、そんな台詞?」
レイジングハートが苦笑し、会話が途切れた。
一瞬の緊張。
そして……
「……Go!チェーンバインド!」
レイジングハートの穂先に、翠の魔方陣が展開される。
彼方管制人格の方も、なんらかの魔法を起動させたようだ。
距離はおよそ、20歩ほど。その気になればすぐに接近できるだろう。
僕は走った。
蒼空を駆けた。
「……いくぞっ!」
第二の激突が、始まろうとしていた。
ユーノには、知らないことが2つあった。
1つは、高町なのはがその全力を振り絞って放った、たった一発のアクセルシューターがあること。
そしてもう1つ。
……戦場には結界が張られており、救援の到着には、彼の想像を遙かに超える時間が掛かると言うこと。
この2つを、ユーノ・スクライアは知らない。
上空へと飛び上がった僕は、敵の放った術式を迂回するように、鎖を走らせた。
うねり、旋回し、歪み、たるみ、右に曲がり、左に曲がり、上昇し下降し、加速し減速しながら進むチェーンは、思惑通り敵の左手にまきついてくれた。
同時に、下方で耳をつんざく爆発音が鳴り響いた。
「っ……!」
背筋が寒くなるほどの破壊力。
地を抉り空を焼くその炎を、シールドで受け止めるという選択をしないですんだのは、ただの偶然だ。
ぞっとした。目がくらみ、足が震える。
《―――!!》
だけど、止まっている暇はなかった。
巻き付いた鎖を引きちぎろうと、敵は力任せに腕を動かした。
それが狙いであることも知らずに。
「レイジングハート!」
《はい!》
ガコン、新しくセットしたカードリッジの一発目がロードされる。
その瞬間、僕はためらいなく、
手を離した。
《っっ――――!?》
当然鎖に引っ張られ、宙を舞うレイジングハート。
だけど敵は狙い通り、体制を崩してくれた。
「っ……行く、ぞっ!」
空中にシールドを展開する。
普通の飛行では遅い。
レイジングハートを手放してまで作った一瞬の隙だ、逃すわけには行かない――!
「は……ぁぁあああ!」
無理やり体をひねって、シールドを蹴った。同時に飛行魔法でも下降を実行する。
効果は予想以上だった。
恐るべきスピードで、地面が、敵が迫ってくる。
「っ……!!」
恐怖に顔がひきつっているのを自覚しながら、それでも僕は震える指先で二つの術を構成した。
一つ目、フローターフィールドが発動する。
柔らかい壁に肩をぶつけ、強引に勢いを殺した僕は、間髪いれずに2つ目の術を展開する。
《―――っ!》
無防備な敵の体に、ストラグルバインドが巻き付いた。
一瞬の隙は延長されて、1秒の硬直になった。
「リングっ……バインド!」
悲鳴をあげる体を無視して、新しい魔法を構築、一息もつかずに発動させる。
淡く輝くリングが、さらに敵の体を縛った。
1秒の硬直は、3秒の静止になる。
「ちっ……チェー、ンっ……バインドぉ!!」
呼吸もとめて、四発目を撃った。
鎖がだめ押しとばかりに敵を捕らえる。
3秒の静止は、20秒の拘束に繋がった。
《っっ―――――!!?》
声にならない声をあげて、管制人格はもがいた。
ミシミシと、三重のバインドが軋む。
思っているよりも、早く解除されるかもしれない――そう判断した僕は、ギリギリもう一呼吸を我慢して、ディレイバインドを置いておいた。
ようやく酸素を吸い込み、後方へ下がる。
《マスター!!》
そこへ、自分で鎖を操って振り回される起動を制御した、レイジングハートが飛んできた。
「っ……お帰り。首尾はどうだい?」
小規模のフローターフィールドで受け止め、再びキャッチする。
《上々です。計14個、寸分違わず設置してきました》
誇らしげに言うレイジングハート。やっぱり彼女は優秀だ。
「そっか……よし。行くよレイジングハート……」
準備は整った。
撃つべきは、切り札。
私は焦っていた。
山の中腹で突然起きた、麓からでもはっきりわかる爆発。
それ以来、二人と連絡が取れない。
「だからねクロノ、救援を……」
『ああ、わかっている。こっちも今、そちらへ向かう準備をしているところだ』
開いたウィンドウの向こうでは、ばたばたと局員が走り回っているのが見てとれた。
確かに、急いでいるんだろう。
だけど私は、それでも言うしかなかった。
「お願いクロノ……お願いだから、早く来て」
五分後。
山の中腹を、緋色の閃光が凪ぎ払うのが見えた。