―桜雪―
封印は順調だった。
《『魔導書』の正常稼働を確認――バリアジャケットとあわせて、理論上絶対零度まで耐えられます》
レイジングハートの精密な演算と魔法出力により、周囲の寒気は完璧に相殺されている。
「……ユーノくん、あれが『石』だよね?」
歩き始めて数十分、目を凝らしてみれば、紅蓮に輝く石が、眼前に現れていた。
「うん……あれだね。じゃあなのは、ちょっと待っててくれる?」
うん、という元気な返事――なのはは変わらないな――を聞いてから、僕は固定型耐寒結界の構築を始めた。
封印は、『魔導書』にも多少の影響を与える。それは要するに、封印の瞬間、一瞬だけ『魔導書』の魔法出力が0になるということなのだ。
-273℃。絶対零度に耐えうる結界を作っておかなければ、その瞬間にお陀仏。ミスがないよう、慎重に魔法を造り上げてゆく。
十分頑丈になったと思ったところで、もう一層結界を造っておく。念のため、とはあればあるほどいい。
「……うん、できた。なのは、レイジングハートをバスターモードにして」
足元に魔方陣を展開させ、イメージした術式を固定する。魔力を巡らせて、構築した結界を出力する――
「うん、わかった。レイジングハート、バスターモード!」
《Buster Mode,Drive》
なのはの掛け声と、レイジングハートの起動音。それらと同時に、二人と一機をすっぽり包み込む、こぢんまりとした結界が現れた。
「わあ……あったかい」
《『魔導書』の出力を停止。供給魔力を全て、封印に回します》
「あ、ちょっとまって。封印の前に、シールドを貫かないと」
『焔の石』は、常に自らを包む純粋魔力障壁……ラウンドシールドを展開している。
封印するには、まずそれを消滅させなければ、封印魔法が届かないのだ。
《……了解しました。封印魔法の構築をキャンセル、新規にDivine Busterを構築します》
「……だね。ユーノくん、結界、壊れたりしない?」
「一応耐寒結界だけしか造ってないし、結界破壊の付属効果を付けなければ壊れないはずだけど……レイジングハート、ディバインって、純粋魔力砲撃だっけ?」
《はい。結界に干渉する付属効果はありません》
「ならなにも問題はないな。なのは、安心してぶっぱなしちゃって!」
「……うん!」
力強く頷いて、レイジングハートを構えるなのは。その表情が隠しようもなくうきうきしているのは……僕の気のせいだと思いたい。
「行くよ。ディバイン――」
《Divine Buster》
「――バスター!」
轟音が、結界の中に響いた。桜色の閃光が、あっという間に視界を埋め尽くす。
「……ねえ、なのは」
「え、ユーノくん!?」
思わず口をついて出た言葉。それはまるで、溢れ出るように……
「……雪にはね、嫌な思い出が……一つあるんだ」
言うつもりは無かった。
「……思い出す度に泣いて……眠れなくて」
考えても、いなかった。
「ゆ、ユーノくん!?き、聞こえないよ!」
「……そんなとき、ふっと……思い出すんだ」
だから。
「……君の、眩しい煌めきを……」
聞こえていなくても、良かった。
「あとは、封印するだけだよ」
目の前で膨れているなのはをさらっと無視して、『石』を指差す。
「……ねえ、さっきなんて言ったの?」
「レイジングハート、封印魔法の構築はできてる?」
《はい。Sealing、撃てます》
「……うー!!!」
手足をばたつかせて、不機嫌を表すなのは。
僕はため息をついて、なのはの頭に手のひらをのせた。
「……ねえなのは」
「に、にゃっ!?」
「僕はあんまり魔法資質が高い方じゃないから、結界はそう長く持たない。お話なら後でいくらでも聞かせてあげるから、今は封印してくれない?」
まるで子供を言い聞かせるようだな、と自分で思いながら、おいた手のひらで、なのはの頭を撫でる。
ゆっくりと、動物が毛並みを整えるように。
「にゃ、にゃぁ…」
そのかいあってか、なのはは猫が背中を丸めるがごとく、大人しくなってくれた。
《…………》
レイジングハートの視線がいつもより粘っこいような気がしたが、たぶん気のせいだろう。だって身に覚えがないし。
赤面したままレイジングハートを構えるなのは。しかしその魔力に隙はなく、封印に使うにはもったいないほど眩い輝きを放つ。
考えてみれば。
こうやってなのはを守るのは、PT事件以来かもしれない。
まだ僕にもついていけた、あの頃。
ただ壁が硬いだけでは、なのはを守れない……そのことに、まだ気付いていなかったあの頃。
「……懐かしいな」
六年ぶりに見るなのはの背中は、とても小さくて。
触れたがる手が、かわりに震えた。
「レイジングハート、エクセリオン!ドライブ!」
《Excelion Mode,Drive Ignition》
意識が引き戻される。
魔力光で満ち満ちる結界の中で、レイジングハートが桜色の翼を広げていた。
「……できたよ、準備。撃っていい、ユーノ君?」
……またあのうずうずした表情。すでに頬の赤みは消え、代わりに早く撃ちたくて仕方がない、という物騒な『砲撃願望』が滲み出ている。
《……Muster,ユーノ?》
レイジングハートも明滅する。
……僕が持ってた頃は、こんなに乱暴なデバイスじゃなかったのに。
まあ、僕はレイジングハートを起動させることすら出来なかったわけだし、こっちの方が素なのかもしれない……と思いかけて、やめた。
いくら親友とそのデバイスでも、たぶん怒るから。
「……いいよなのは、レイジングハート。気のすむまでやっちゃって」
手のひらをふって二人――正確には一人と一機――を促す。
さっきまでの思考が若干言葉に出た気がするけど、なのはとレイジングハートは気付いていないみたいだ。むしろそれどころではないと、表情が語っている。
「よーっし……行くよ、レイジングハート!久々の全力全壊っ……!!スターライトぉぉ……っ!」
《Star Right breaker》
……巨大な魔方陣が展開され、周囲の魔力が収束する。いや、いくらなんでも収束砲でやらなくても……
「っっっブレイカーぁぁああっっっ!!!」
放たれたそれは、もはや色彩がわからないほどの輝きだった。
美しいはずの桜色はあまりの光量に真っ白としか見えなくなり、結界をものともせずに貫通する。
一応あれくらいの隙間なら効力は続くけど……
「……『念のため』、しておいてよかった」
しかし、管理局の白い悪魔の名は、伊達じゃあなかった。
「レイジングハート……カードリッジロード!」
《Lode cardrid》
満面の笑みを浮かべて宣言する。
慌てて追加の結界を張りながら、僕は思った。
やっぱりなのはは、色んな意味で想定外だ……と。
ぶわっ、と結界内に突風が吹き荒れる。余波を受けて『魔導書』のページが勢いよくめくれ、完全に機能を停止する……はずだった。
「………!?」
『魔導書』に光が灯る。
さっきまでのだらけた思考を引き締めて、僕は『魔導書』に手を伸ばす。
なのはの砲撃はまだ止まない。たぶん、なのはは気付いていない……
「……えっ!?」
……いや、気付いた。
余剰魔力を放出するレイジングハートが、異常事態を告げる。
《……『焔の石』、封印失敗しました――》
呼応するように膨れ上がっていく、二つのロストロギアの魔力。
『魔導書』はレイジングハートとのリンクシステムを強制廃棄し、暴走を始める――
事態は、ここに来て急転し始めた。